下高井戸ヒーリングプラザのメンバー紹介

院長紹介

野田 重信 / Shigenobu Noda

下高井戸ヒーリングプラザの院長をしております 野田 重信 と申します。治療は自分の天命であり、天職だと思って日々治療させて頂いております。人よりもちょっとだけ好奇心が旺盛で、人よりちょっとだけ諦めが悪いのが特徴です。症状の改善だけでなく、患者様の人生にとってのベストな選択を提供できるように治療道を探究します。

プロフィール

【名前】野田 重信
【ニックネーム】シゲちゃん
【生年月日】1974.5.12
【血液型】B型(ほとんどO型です)
【家族構成】嫁さん、チワワ(風太)
【六星占術】木星人+(霊号星人)
【趣味】治療、旅行、散歩、スポーツ観戦、治療関係の読書
【特技】治療
【座右の銘】
「未在」「鶏口牛後」「日々是好日」「一隅を照らす」
【好きな関節】肩関節
【好きな筋肉】僧帽筋、広背筋
【好きな食べ物】 炭水化物(現在は控える)

経 歴

1974年:福岡県柳川市生まれ
1992年:福岡県立伝習館高校卒業
1996年:福岡大学経済学部経済学科卒業
2000年:早稲田医療専門学校鍼灸学科卒業

ライセンス

はり師・きゅう師

卒業後、様々な治療院に勤務しながら、往診でのトレーナー活動を行う。
また、高見DC・ATCに師事し、カイロプラクティック・スポーツ医学を中心に治療のベースを学ぶ。

・2011年9月:下高井戸ヒーリングプラザ整骨院・鍼灸院院長〜現在に至る。

現在、治療院でプロスポーツ選手(Jリーグ等)、一般の患者様の治療をしながら、中学・高校バスケット、高校野球を中心に、約10チーム程のトレーナー活動を行い、治療活動とスポーツ障害の予防活動を行う。その他、芸能界等にも往診治療を行う。

また、治療活動以外に自社主催のメディカルアートセミナー、各メーカー様主催の物理療法セミナー、グループ院での院内セミナー等の有資格者向けのセミナーを日本各地で年間約100回程行う。

ヒストリー

小さい頃はとにかく落ち着きが無く、じっとしていられない子供でした。本も動物・昆虫・魚等の図鑑以外は読まず、今でも自分が治療機器の講師をしたり治療の本を読んだりしている事が、家族は信じられないそうです(笑)小さい頃から魚釣りが大好きで、小学生で近所の魚屋に手伝いに行ったりして、子供の頃の将来の夢は魚屋でした。

中学三年生の時奨学金を受ける為の面接に行き、「将来の夢は?」と面接官に聞かれ、「バスプロ(ブラックバスを釣るプロ釣り師)です」と即答し、その場を凍りつかせたのを良く覚えています(笑)

その後、魚屋は諦め大学は何となく外国を相手にする仕事に興味が湧き経済学部に進み、元々スポーツが好きだったこともあり、スポーツクラブでアルバイトを始めました。その中でスポーツトレーナーという職業がある事を知り、スポーツトレーナーになる為には、アメリカでトレーナーの資格を取るか、日本で何かしらの医療資格を取った方がいいことが分かり、たまたまそのタイミングで小学校から続けていたバスケットで捻挫し、鍼治療を受けたのがこの業界に入ったきっかけでした。

最初の始まりは、別に鍼灸師になりたいではなく、トレーナーになる為に鍼灸があった方がいいからという理由でした。
今でも注射や鍼を人にされるのは苦手です。

野田重信|下高井戸ヒーリングプラザまた、大学ではバックパッカーとして世界各地に行きました。トレーナーになるために何の準備も計画も無くアメリカにも行きました。直接アメリカの大学に飛び込みで行き、トレーナー学科を持っていない大学の事務局に片言の英語で「トレーナーになりたいんだけど、どうしたらいいんだ?」と聞いたことも多々あります(笑)完全にクレイジーなJapaneseだったと思います(笑)

ただ、世界各国を旅して現地の人々と関わり、現地の文化や習慣に触れ感じたことは、富める国も貧しい国も、暑い国も寒い国も、どんな肌の色の人も、そこには病があり、病に苦しんでいる人がいるという事です。世界中、病のない国はありませんでした。この体験は自分の頭の片隅から今でも離れず、最初はトレーナーになりたいとして始まった鍼灸師も資格を取り経験を積んでいくうちに、いつしか自分が何とか筋肉や骨に関する事で苦しんでいる人の支えになり、僅かでもその人たちの足元を照らす光になれたらと思うようになりました。

現在は、自分が夢見ていたようにスポーツ愛好家、学生アスリート、プロアスリートとスポーツに関わる方々を施術させて頂くことも多いですが、アスリートに限らず体に何か問題を抱え苦しんでいる方の力になれればと思っております。手術でなければ良くならないものは自分の範疇ではありませんが、そうでない整形外科的な疾患に関しては自分が患者様にとって最後の砦となれるよう微力ではありますが共に戦わせて頂けたらと思います。

「メディカルアート」

自分が現在行わせて頂いているセミナーの名称ですが、自分が目指す治療そのものです。どこまでも慎重にかつ徹底して医療としての見地に立ち、施術をアートとしてどこまでも高め表現していく。医療にも、施術にも終わりはありません。「未在」、この言葉を胸に今後も愚直に謙虚に患者様から逃げずに施術に取り組んで参りたいと思っております。

中山選手と「そんなの無理」へのチャレンジ

中山選手との出会いは2014年秋でした。「中山選手の現役復帰の為にそれぞれ治療やトレーニングのスペシャリストが集まるチームに参加してほしい」。中山選手が2012年12月に札幌で一区切りとしての引退会見をされた後、中山選手の現役復帰に向けてサポートのコーディネートをされていた方からのご相談でした。

中山雅史|野田重信自分はサッカーは詳しい方ではありませんでしたが、中山選手は誰もが知る自分にとっては遠い存在の選手でした。ギネス記録を2つ持ち、W杯で日本人初得点を決め、Jリーグ通算最多得点記録(当時)を持ち、Jリーグシーズン最多得点記録を持つ、三浦知良選手と並ぶ日本サッカー界のレジェンドです。そんな選手のサポートが自分につとまるだろうか….お話を頂いた時の正直な気持ちです。

最初にお話を頂いたときに、当時の中山選手の膝の状態を今までの経緯、手術歴、レントゲン、MRIの画像で確認させて頂きました。自分が出した答えは「自分には無理です」という答えでした。

レントゲン、MRIの画像を確認しても当時の中山選手の膝は医学的には限界に達していて、サッカーはおろか日常生活も危ぶまれるような状態でした。実際に何人もの膝専門医に診てもらったようですが、答えは全て同じで「サッカーなんてとんでもない、人工関節を検討するレベルです」との見解だったそうです。

それでも「一度、中山選手に会ってから最終的に決めて下さい」との事だったので、お断りする予定でお会いさせて頂きました。初めてお会いした中山選手の印象は「テレビで見たそのままだな(笑)」でした。冗談を言いながら周りに気を使われ、明るく穏やかな方でした。

途中から本題の膝の話になった時に中山選手の表情が一変しました。
サッカーが出来ない悔しさが前面に滲み出ていましたし、まだ諦めていないギラギラした目をされましたし、何よりサッカーを心から愛していらっしゃいました。

野田重信|下高井戸ヒーリングプラザそんな中山選手からでた言葉で、自分も覚悟が決まりました。

「結果として治らなくてもいいんです。結果としてやっぱり無理だったでもいいんです。自分みたいなおっさんがそんなの無理に必死にもがいてチャレンジして、そんな姿が誰かの励みになればそれでいいんです。そんなかっこ悪いおっさんがいてもいいと思うんです。サッカーは僕の人生ですから。」

かっこいいなと思いました。

この決して諦めない思考と覚悟が伝説たる所以なんだと思いました。何の自信もありませんでしたが、中山選手と一緒に自分もそんなの無理にチャレンジさせて頂こうと思いました。

あれからもうすぐ丸4年。

まだ道半ばです。

まだチャレンジの途中です。

途中、何度も何度も壁にぶつかり、やはり駄目かと諦めかけたこともありました。諦められたらどんなに楽かと思う事もありました。今でも壁にぶつかってばかりです。でも中山選手に「もう充分です。やりきりました。終わりにしましょう。」と言われるまで諦めず「そんなの無理」にチャレンジし続けようと思います。

チャレンジを続ける覚悟と信念、そして決して諦めない情熱、治療家として患者様と向き合う際、最も大切な事を中山選手に教わりました。

スタッフ紹介

谷野 友美 / Tomomi Yano

プロフィール

谷野 友美|下高井戸ヒーリングプラザ

【名前】谷野 友美
【ニックネーム】やのさん
【誕生日】7月8日
【趣味】旅行
【特技】バランスディスク
【血液型】B型
【私の性格】穏やか
【好きな筋肉】僧帽筋
【好きな言葉】心身一如・切磋琢磨

経歴

静岡県浜松市生まれ
・2011年3月 帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科 卒業
・2011年9月〜 下高井戸ヒーリングプラザ 勤務
・2016年3月 人間総合科学大学鍼灸医療専門学校 卒業

ライセンス

日本スポーツ協会 アスレティックトレーナー
はり師・きゅう師

ヒストリー

谷野 友美|下高井戸ヒーリングプラザ高校ではハンドボール部に所属していました。チームメイトが相次いで膝の靱帯をケガし、私自身も高校2年生の冬に腰を痛め、3年生の6月に引退するまでの約半年間、プレーが出来ない程ではないものの、いまいちパフォーマンスが戻らないままプレーをしていました。

整形外科や接骨院にも通っていましたが、なかなか症状は改善されませんでした。症状が長引くにつれて、自分の腰はどういう状態なのか、何が原因なのか気になるようになり、自分でインナーネットで「腰痛 足がしびれる」などと検索して調べたりしていました。そうしているうちに、人の身体の構造や、ケガが起こるメカニズムについて興味を持つようになりました。また、スポーツトレーナーという職業の存在を知り、アスレティックトレーナーの資格を取得できる大学へ進学しました。

大学時代は、ケガの予防やリハビリについては学びましたが、治療機器や鍼灸を使用した治療については知識がなく、働き始めて初めて治療を目の当たりにしました。教科書に載っている期間より早く治って、復帰していく患者さんの姿に驚き、私も治療ができるようになりたいと思い、はり師・きゅう師の資格取得を決め、勤務しながら専門学校へ通いました。

スポーツをしている方の早期復帰、再発予防、パフォーマンス向上はもちろん、デスクワークで首や肩が凝って辛い、膝が痛くて買い物に行けないなどの悩みを抱えている方も多いと思います。「ケガを治す」「痛みをとる」「疲れを癒す」下高井戸ヒーリングプラザにはマニュアル化された施術はありません。患者様ひとりひとりの悩みを聞き、QOLQuality Of Life:生活の質)を向上させるお手伝いが出来たらと思っています。

鈴木 勇登 / Yuto Suzuki

プロフィール

鈴木 勇登|下高井戸ヒーリングプラザ【ニックネーム】ずっきー、ゆーと
【資格】鍼灸師
日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー
【出身地】静岡県
【出身校】静岡県立袋井高等学校卒業
平成28年  トライデントスポーツ医療看護専門学校卒業
平成30年  東京スポーツレクリエーション専門学校卒業

【生年月日】平成6年12月15日
【趣味・特技】高校野球、よく寝ること、お酒、服
【血液型】A型
【好きな筋肉】僧帽筋
【座右の銘】
小さいことを積み重ねることが、
とんでもないところへいくただひとつの道

 

鈴木勇登です!
下高井戸ヒーリングプラザと、分院の「ひなたヒーリングプラザ」で治療に携わっております。
現在、午前中はアスレティックトレーナーの資格を取りに専門学校に通っているため、午後からの出勤になります。

患者様の生活が豊かになるように、スポーツ選手のパフォーマンスが向上するように、”おもてなしの心”と”熱い気持ち”を持ち、明るく丁寧にサポートさせていただきます!鍼灸師としてもトレーナーとしても患者様のお力になれるようにおもてなしの心を持って、明るく、熱く、丁寧に施術します。宜しくお願い致します!!

現在の院外活動

八王子学園八王子高等学校野球部

ヒストリー

鈴木 勇登|下高井戸ヒーリングプラザ私は小学1年生から高校まで野球をしてきました。

怪我をすることが多く、高校3年の最後の夏の大会の直前にも怪我をしてしまいました。しかし、地元の鍼灸院の先生がなんとか試合に出られるようにと必死に治療をしてくださり、2回戦から試合に出ることができ、活躍することができました。野球人生の中で高校3年の夏は1番熱く、自分が輝けた気がしました。

そんな最高の夏を過ごすことができたのは私の恩師の先生がいたからです。私もそんな先生のようになりたいと思い高校卒業後、鍼灸の専門学校へ進学しました。在学中には大学生の男子ラクロス部のトレーナーとしてチームに携わらせて頂きました。

しかし、トレーナーとしての自分の無力さを痛感し恩師の先生のご紹介で当院のセミナーを受講しました。その時に、株式会社チームエスの理念と野田院長の圧倒的な知識量と技術に感銘を受け入社しました。

入社1年目にして八王子高校野球部に携わらせて頂き、初の甲子園出場の瞬間を目の前で見ることができました。甲子園にも10日間ほど帯同させて頂いたのですが、選手の疲労や怪我のケアのことばかりを考え、試合に向けてのコンディショニングが疎かになってしまいその結果、初戦敗退してしまいました。この悔しさを忘れることは今でも、そして今後もありません。この経験を生かし甲子園で1勝することを目標に現在もトレーナーとして活動しています。

また、治療家としても1人でも多くの方に笑顔でありがとうと言ってもらえるように常に謙虚な気持ちと感謝を忘れずに日々精進していきます!よろしくお願いします!

下高井戸ヒーリングプラザ TEL:03-6379-2069 ひなたヒーリングプラザ TEL:03-5497-1116
ダミー ダミー ダミー ダミー ダミー ダミー